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2004年07月23日

お盆

お盆が近づいてきましたね。

本来、お盆というのは何故あるのか?
これは色々な言い伝えみたいなのがありますが、私の勝手な解釈でいくと
「人間死んだらどうなる?」の答えが葬式であり、仏壇・お墓・お盆であるのではないでしょうか。

人間死ぬのは怖いです。少なくとも私は怖いです。
なぜか?
「死んだ後のことは誰も知らない、わからないから」ではないでしょうか?
色々な宗教・仏教では死んだ後のことを説いていますが、私にはどれも正しいと思えないのが本音です。

まったくの未知であるから怖い。
だから、地獄や天国なんていう言葉が出来たのではないでしょうか。
(生きている人間への戒めとしてある可能性が高いですが・・・)

臨死体験をした人があの世を見たとか、自分の葬式を見たとか色々な意見もありますが、
結局答えは出ませんね。

ただ、そこから色々な解釈は出来るでしょう。

私の解釈は生きている人達は、葬式で縁ある人達が集まり「忘れないよ」と故人と約束をし、
お墓参りや仏壇を家に置き「毎日忘れてませんよ」と報告する。

人間1番怖いのは誰からも忘れ去られる事だとすれば、死んだ後も誰かが私のことを覚えてくれてる。
と言うのが「人間死んだらどうなる?」の答えなんだろうな~と
最近娘の仏壇にむかっていて思うことです。

もし仮に実家から遠く離れ現代社会で日々忙しく生き、
死んだ人や先祖代々の事なんて忘れてしまっている人達でも
お盆ぐらいは実家に帰省し、祖父や祖母に対して「覚えてるよ」と一言声をかけてあげてみては如何でしょうか?

祖父や祖母に自分が生まれた時にオムツを替えてもらったり、抱っこしてもらったりしたんだから
一言、「おじいちゃん、おばあちゃん、覚えてるよ、私は元気だよ」と声を掛けてあげるのが
オムツを替えてもらい、抱っこしてもらったお礼ではないでしょうか?

そして、それを見た息子や娘達はずっとそれを続けていく。

自分が死ねば息子と娘が自分に「忘れてないよ」と語りかけ、孫は・・・
これが先祖代々なのでしょう。

2004/07/23 08:46 | コメント (1)

潜水艦

いきなりこういう事を書くと「ついに暑さで脳みそから電波が飛んだのか?」と思われるかもしれないが、少し昔話をすれば私は海上自衛隊で潜水艦乗組員だった時期があります。

で、いきなり何故こういう話をするのか?というと、つい最近TVをつけた時に
ふしぎの海のナディア」が放映されていたのです。

これを見て懐かしいと思う反面、私が潜水艦乗組員になったのは必然だったのではなかろうか?と思ってしまったからです。(また電波が・・・)

私が初めて「ふしぎの海のナディア」を見たのが小学6年生か中学1~年生ぐらいだったかな?

その当時も「ふしぎの海のナディア」をはじめてみた時に『海底2万マイル』を思い出しました。

「海底2万マイル」は確か小学1~2年生この頃に親に頼み込んで買ってもらった小説なのですが、本当に寝食を忘れるほど夢中になって読んだ記憶があります。
しかも夏休みの読書感想文の題にした記憶もあります。

読書感想文の最後には「僕も潜水艦に乗ってみたいです」と書いた記憶も・・・。
『海底2万マイル』を読み「ふしぎの海のナディア」をTV見て、実際に潜水艦に乗った人間

なんとも奇特な人生を歩んでしまったのだろうか・・・。

皆さんも「ふしぎの海のナディア」や『海底2万マイル』読んで見ては如何でしょうか?


私も今度実家に帰ったときに『海底2万マイル』を探してもう1度読んでみよう。


なんで夢だったはずの潜水艦乗組員になったのに自衛隊を辞めたかって?
夢が満たされて、夢と現実のギャップが嫌になったのかな?
まあそれが主な原因ではないのですがね。

2004/07/23 07:45 | コメント (0)